11月6日（水）、東京大学モビリティ・イノベーション連携研究機構 (UTmobI) に設置された社会連携研究部門、データインフォームド都市・交通学(DTUM)が主催するセミナー「データを活用した未来のまちづくりに向けて～デザイン思考・人間中心設計の可能性～」が開催された。 
登壇者は東大 生産技術研究所の本間健太郎准教授と、人間中心設計と社会基盤の研究者、株式会社ソーシャル・デザイナーズ・ベース取締役COOの山田菊子氏。
本間准教授は定量データ分析を生かした建築設計の多様な事例、山田氏はユーザーインタビューによる定性データを重視する「インフラ×人間中心設計」という対照的な切り口で講演した。「データ活用」と「未来のまちづくり」を探ったセミナーの模様をお伝えする。

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パネルディスカッションのレポート
（2024/11/6開催 DTUMセミナーレポート② パネルディスカッション）はこちらを御覧ください

セミナーは阪急大阪梅田駅に隣接する阪急阪神グループ運営のインキュベーション施設「NORIBA10 umeda」で行われた。
冒頭、UTmobI の長谷川悠 特任研究員が「都市に暮らす人々の活動や 生活 を含めた広義の『都市』と、物や人の移動まで含めた広義の『交通』は、互いの拡大を支え合ってきた切り離せない関係にある」とした上で、これまで UTmobIは、このような 広義の都市と交通の関係を研究できるよう、分野横断の体制を整えてきたと説明。
人々の移動や活動のデータを蓄積し、都市に生活する一人一人のデータを詳細に分析することで、持続可能な形で都市と交通を発展させ、人々のウェルビーイング 向上につながる示唆を得られるとし、市民一人一人にアプローチをし、研究成果を社会実装する上で阪神阪急HDの力は大きいと説明した。

本間准教授 講演
データ分析と実践例を多数ビジュアルで紹介

本間准教授の演題は「建築×データ解析・デザイン思考」。専攻する建築計画学、とりわけデータ解析を活用した「デジタルを活用した建築」の研究の数々を解説。まずは、2015年に行ったツイッター(現X)の位置データ分析について紹介した。

ツイッター位置データ　第三者による分析 とプライバシーの保護

このデータ分析は、個人のツイッター投稿 にひもづけられた位置情報を解析すると、投稿した場所だけでなく、投稿者のおおよその居住地が推定できるというもの。繁華街の人口密度や来街者がどこから来たのかを可視化することで、地域の建築計画や防災、広告といった分野への応用が期待される。
一方、15年春に第三者 が入手できるツイッターの位置情報の精度が大きく低下し、現在のXではこのような詳細な分析ができなくなったなど、プライバシー保護の観点から分析に使えるSNSデータが制限される流れがあると本間准教授は指摘した。

ネットワーク分析で見る街路のにぎわいと路線価上昇

道路をコンピュータ上に再現して人やクルマの通行シミュレーションを行うネットワーク分析では、路線を高架化して“開かずの踏切”を解消 した 東京・曳舟駅周辺の人流の変化を計算した 。踏切がなくなったことで、歩行者 の「にぎわい」が生まれるエリアが大きく変わり 、にぎわいが増えた街路では 路線価が 上昇する傾向があった との 分析結果を示した。

車いす利用者の視点で考える建築設計　駅を使いやすく

車いす利用者についての研究では、利用者の行動や視線を計測・分析した。本間准教授は「我々と世界の見方がまったく違うことが分かる。建築・土木の設計者としては出発地から目的地まで一連のバリアフリーのルートを通すのが重要」と指摘した。

さらに、鉄道駅の車いす利用者数 のデータ についても紹介した。 全利用者数に比べて車いす利用者数が目立って少ない駅があり、その原因として、駅構内で遠回りを余儀なくされる構造の駅では、車いす利用者が乗降や乗り換えを避ける傾向があることが分かった。

その上で、駅構内のバリアフリールートのアクセシビリティを向上させるために、エレベーターを追加設置する場合の移動シミュレーションを行った。さらに複数の駅をまたぐバリアフリールートを改善するために、438駅を対象とするエレベーター配置の最適化を提案した。

「視線で変える」建築、デザインと工学の融合

また、本間准教授は「データを自分で作る」事例も挙げた。VRヘッドセットを装着した被験者がバーチャル建築内をどのように移動するかという歩行データや、その際にどこを見 るかという視線 データをとり、それらの建築設計への反映を目指す「データに基づく設計」を紹介した。

さらに、本間准教授が所属する、東大価値創造デザイン推進基盤 (DLX) デザインラボの活動を紹介した。「デザインの力で科学と社会をつなぐ」をテーマに、デザイナーたちが様々な分野の研究者と協働し、プロダクトやサービスのプロトタイプをつくる活動である。
「自動運転バスの床をディスプレイにする」プロジェクトでは、乗客の足が床に触れると、「人が乗りこんだことをバスが感知した」ことを映像で乗客に知らせたり、到着時刻を表示したりする。

「察しがいい機械」は、カメラ 映像の解析 技術（コンピュータ ビジョン）を用い、人の視線やしぐさを感知して動作する機械。例えば扇風機が人の「暑い」「寒い」しぐさを感知して動き、止まる。「人が機械に指示を出すことから、機械が察してくれて動く世界に変わっていく」（本間准教授）とのビジョンから生まれたプロトタイプである。

一方、「察しがいい機械」のような機械（AI）の精度を高めるには、それ をトレーニングするためのデータが必要である。そこでDLXデザインラボ では、視線 データを集めるためのゲームを開発した。2人1組で、片方が表示された単語の通りに透明ボード上の五十音を目で追い、もう片方がその単語を当てるというゲームだ。

本間准教授は、以上の事例紹介を通じて、データを集める手法として「だれでも使えるデータを取得する」「企業保有のデータを使う」「データを自分たちで作る」を挙げた。これらの多様なデータから、平均的なユーザーの行動だけでなく、マイノリティの行動や特異な行動も把握できるようになり、人間中心設計に活かせると指摘した。そして「データを使ったまちづくり、建築、デザインにはいろいろな未来が考えられる」とまとめた。

山田氏講演 
土木にインタビューで得るユーザー目線加える

続いて山田氏が「インフラ×人間中心設計」を演題に講演した。山田氏は土木分野の研究者として活動し、研究と結果の実践・発信を目的とする会社も設立。専門は土木のインフラと人間中心設計(Human-centered Design、HCD)、また、DE&I(Diversity, Equity & Inclusion、多様性・公平性と包摂)。
定量データを重視した論文で修士号を取得した山田氏だが「想定していない斜め上の話が聞ける」インタビューが「大好き」と自己紹介した。その上で、定量データと定性データ、ユーザーの満足度を最終目標とする人間中心設計とユーザーが重視されていないインフラという、一見、相反する概念について解説した。

人間中心設計とデザイン思考「基本は一緒」

山田氏は人間中心設計を解説するに当たって「人間中心設計とは何か」を「デザイン思考」と対比させて説明。「入口として基本は一緒」（山田氏）としながら、自身は「人間中心設計」を学術用語として使うとし、その理由を「人間中心設計」では、プロセスが明確に定義され、対象を製品・サービス・システムとしているためと話した。
デザイン思考と人間中心設計は「大まかにまとめると、ユーザーエクスペリエンス (UX) を大事にしている」（山田氏）。ものをつくるときに「技術を起点とする」技術中心ではなく、「人がこれをできるようにしよう」と人間を中心に置く設計の考え方だと定義した。
ISOに定義される人間中心設計のプロセスには、現在のUXを理解し、目指すUXを決め、実現案を考えて試験し、実現困難なら前工程に戻ってUX目標の実現が見込まれる段階に到達したら実装する。

山田氏がプロセス内でとりわけ重要視するのが、現在のUXを調査する「ユーザー起点」。ユーザー起点の最初のアクションとしてインタビューを挙げ、「インタビューで一番大切なのは『何がほしいか』を聞くのでなく、発言の背景にあるユーザーの価値観まで分析する」ことと指摘した。
例えば、新しい機械を使って「ドキドキした」という発言を聞いた場合は、「ドキドキ」は期待を表すのか不安を表すのかといった感情の分析、ユーザーが何かに価値を見出した場合は、その新規性・安全のどちらに惹かれているのかといった理由の分析が不可欠である。

インフラに人間中心設計を組み入れるには

続いて山田氏はインフラ整備と人間中心設計の関係について解説した。インフラ整備は「プロセス間がぶつ切れで繰り返すことができず元の構想に問題があっても修正されることがとても少ない」。また、
設計を行う前に「ユーザーのことを考えるプロセスがない」ことが一番の問題とした。
山田氏の研究・実践テーマは土木・インフラに人間中心設計を取り入れ、UXを目標とすること。自身も含む「技術者の仕事をみんなに喜んでもらいたい」と背景にある思いも明かした。
インフラに人間中心設計を取り入れるにはプロセスの他にも複数の課題がある。ユーザー起点で調査を重ねる人間中心設計に対して、インフラ整備では行政が事業主体であることも多く、特定のユーザーではなく広く「みんなのため」を想定している。また、土木工学科では ユーザー調査を学ぶ機会は少ないと見られるとのことだ。

「特定のユーザー」と「みんな」の間をつなぐ手法を探る

山田氏はこの数年間、行政機関の職員に向けて人間中心設計の研修をしている。これは地域の課題について、特定のユーザーについて調査し、それに基づいて案出し・検証のプロセスを体験するもの。「特定のユーザー」と「みんな」の間を埋める手法についても考える。
例えば、観光政策の設計で観光客を想定ユーザーとしたアイデアを作り、そのアイデアを広く一般住民が使ったらどうなるか検証・改善して「住民と観光客の双方のためになるサービスを作る」といったもので、手応えを感じていると山田氏は述べた。

楽になるインタビュー分析を活用、 人間中心設計のインフラへ！

山田氏は終わりに「大好き」なユーザー調査手法のインタビューに言及した。インタビューはアンケートに比べて、文字起こし・結果の整理・分析に大変な時間がかかる。
一方で、最近はAIによって文字起こしと初期の分析を行うサービスも登場しており、作業の手間を大きく減らすことができ、結果の解釈や考察 に労力を向けられるとした。労力を減らすことでインタビュー を施策立案や土木の仕事に役立てられる日が来るとし、「インフラ整備の人間中心設計をご一緒に！」と参加者に呼びかけて講演を結んだ。

講演の動画は下記を御覧ください。

本間准教授ご講演
建築 ✕ データ解析・デザイン思考

山田様ご講演
インフラ ✕ 人間中心設計

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パネルディスカッションのレポート
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